断交の理由は何でもいいけどー


儒教を聞きかじってみると、祖は孔子様となっている。
でも、孔子様はその思想を以ってはなかなか当時の諸国の政権・王族には用いられず、苦労を重ねて彷徨していたようである。
この状況を一変させたのが漢帝国で、儒教を徐々に国策の根幹に据えて王朝の正統性を敷衍し、孔子様の国家に利する願いを果たした。
漢代の儒者は当然孔子様から何代も後の人間であり、かつ悪い意味で柔軟でもあった。
曲学阿世、阿諛追従、巧言令色”を批判するどころか、それを駆使して政権に入り込んで‘儒教の世’を作り出した。
この‘儒教の世’を大中華と仰ぎ、よく学んで“小中華”を標榜したのが半島の儒学者である。

この頃、半島は漢に平定されて国はなく、楽浪郡とかになっていたから読書人は儒学者になるしか選択の道が無かったとも思える。
だから彼らは全てを擲ってその体得に邁進した。結果が今の韓国民の心理なのだ。
かつての高麗王に起因する2度にわたる元寇は、その高麗王の使嗾が元のフビライを動かしたために起きた。
このように甲羅を経た鵺のような阿諛追従、厚顔無恥’に今の日本人は向かい合っているのだ。
日本もこの高麗王の使嗾による元寇を以って韓国に反論すべきと思うがどうかな。
よーするに、断交のきっかけに使えれば良いのだから。
調べる程に、孔子様の理想とかけ離れていく‘政治の儒教’は卑しいものだ。
こんなのを心に焼き付けている間国民も、卑しくなり易いのだな。

チュンはいチュも礼儀正しくー、あ今は寝起きでチュた。しチュれいしまチュた。