交流した結果が争いになるのなら、交流などしない方が良い

昨日書いた日韓の歴史強雨談義の企画や参加者はどうやら親韓グループのアクションのようです。
つまり日本から見れば自虐史観派の韓国迎合集会なのね。
それでは歴史の共有も、違いの相互認識もできまい。
せいぜいハンギョレ新聞のネタになるだけだ。
こう言う企画の背後には必ず自虐史観派の大学教授とかがいる。
慰安婦は性奴隷とか、徴用工は強制だったとか。
そう言う事もあっただろうし、そうでない事もあっただろう。
人の世は何でも有り得るが、全てが同じであった訳がない。
それを一色化して何の意味があるのだろう。争いのネタを産むだけだ。
交流した結果が争いになるのなら、交流などしない方が良い。
自虐史観派も歓迎してくれて居心地の良い韓国に行ってくれ。

雨が近づいてきたかな。